背蓑作り/古物好きの会報告

  • 2016.11.10 Thursday
  • 19:42

 先日、土佐町に背蓑を作っているところがあるというので見学に行ってきました。

道中の紅葉を期待してたのに今年はまだまだ。

 いの町から仁淀川沿いを北上。

四万十川は全国的に有名になったけれど、仁淀川のほうが水がきれいでワイルドかも。

 吾北から国道439号に入って土佐町へ。

国道からちょっとはずれたところにある旧平石小学校。

ここの一室で月に1回、「背蓑づくり保存会」が活動をしている。

夏の農作業で日除けに使うという

着装着たらこんな感じ 内側内側

材料は「すげ」

「すげのかさ」の「すげ」かな?

なんでも藁で作るのかと思っていたけど、「すげ」なら(使い方、保存の仕方によるけど)30年は持つという。

 

どんな植物なのか実際に生えているところに案内してもらった。

わかりにくいけど、緑色の草が「すげ」

川のそばとかの斜面の下側にあるという。

近年この植物も少なくなって、材料集めが大変のよう。

 次回は背蓑作りの師匠のお話と動画を撮りたい。

作業中にもかかわらず、お相手してくださった会の方々、ありがとうございました。

 

つり橋2帰り道すごいつり橋発見

つり橋1

 

 

 

サーカス

  • 2016.03.23 Wednesday
  • 19:08
子どもの頃、テレビで毎週日曜日にサーカスをやっていた。
空中ブランコや虎の火くぐり、綱わたり、などなど。
今まで生で観る機会がなかったが、春野でやっていると聞き初体験。

ステージが狭いし、網などの設備もないから虎とかは出ないだろうな。
サーカス2  サーカス1
サーカス3 写真はいまいちだけど、雰囲気はわかるかな。
サーカス4 いまどきのサーカスは車とバイクのスタントも。
 この金網の中をぐるぐる回転、こわーい!

小さなサーカス団で、空中ブランコのチームはコロンビアからと言っていた。他も日本人ではないようだ。

中に2人(小学校低学年くらい?)子供もいて、
「学校はどうするんだろう」とか「成長期なのにあんなにぐるぐるして背骨は大丈夫だろうか」
などと余計な心配をしてしまったので、(「これでやっていけるのかしら」という心配まで)童心には返れなかったが、おばさんも充分楽しめた。

    みんな、一度はサーカスに行こう!!
 

狼だ!

  • 2016.01.25 Monday
  • 18:27

昨日は矢井賀も雪

ここ数年、鹿や猪、猿などが増えて農作物等かなりの被害が出ている。矢井賀でも鹿こそまだ来て無いが、猪や猿、ハクビシン、ウサギ‥は勝手し放題、囲いをしないと何も作れない状態。
天敵がいないから、狼が絶滅してしてしまったからだわ、と密かに思っていた。
そしたら最近「日本オオカミ協会」の存在を知った。
あら、私だけじゃなかった!

アメリカのイエローストーン国立公園で狼を導入した話をテレビで観たことがあるが、http://tabi-labo.com/50052/wolves-change-rivers/
日本でも狼導入を考えている人達がいたなんて

以下「オオカミ復活についての疑問44に答える」一般社団法人 日本オオカミ協会発行から抜粋


日本でオオカミが絶滅した原因は5つ
?明治時代の鹿な猪などの乱獲でオオカミの食物が少なくなり、数が減った。
?乱獲により餌動物が少なくなり、馬などの放牧家畜に被害を出したため害獣として駆除された。
?文明開化にそぐわない野獣という政策的な理由で駆除された。
?オオカミの毛皮や骨肉は価値(骨は民間薬)が高かったので、換金目当てに乱獲された。
?イヌからの伝染病に罹った。


やっぱり人間が絶滅させたんだ

鹿の害は農地だけに留まらない

シカのような強力な消化能力を持った植食動物は、毒性のある少数の植物以外、多くの植物を食べつくすまで増え続けます。これが森林生態系の破壊の始まりです。森林植生が破壊されると、そこを住処にし、食べ物を得ていた多くの動物たちが次々に絶滅に追い込まれます。
(2000年頃からライチョウの急減)
増えすぎたシカによる過度の採食ではなをつけるミツバチが減少、ヒグマや多種類の昆虫や鳥類にも影響を与える。
さらには裸地になった山の斜面からは土砂が流れ出し、崩壊が始まります。栄養成分が減少して、微生物などの土壌生物も激減します。‥‥

うーん、シカってかなり大変。
ジビエブームとは言ってもハンターも激減して、捕獲も間に合わない。

最後に「自然を守り、農林業を救う方法は?」のクエスチョンに

シカなどの獣害から自然を守り農林業を救うためには、頂点捕食者オオカミの復活による生態系の食物連鎖の修復が不可欠です。同時に、開発を抑え、自然再生を進め、生物多様性を高め、合理的な農林業を行うことが基本です。そして、?オオカミの復活とともに?ハンターの確保が必要です。オオカミは奥山を中心に、ハンターは里山、農耕地、集落や町など私たちの居住地域農耕地守りにつきます。同時に、?集落や農耕地をシカやイノシシから守る侵入防止柵の建設も必要です。柵によって、人間領域と自然領域を区分し、開発など人間領域の際限ない拡大を抑制し、人間領域に自然の要素を可能ない限り導入するよう努力します。(ビオトープ化)

なるほど〜、

人間が自分たちの利益の為だけに自然を操作してきた結果が今、この状況。
簡単には戻せない。
オオカミ、矢井賀でウロウロされたら怖いけど、どうなんだろう。

興味のある方はこちら
www.japan-wolf.org/
会員も募集してます。

クレーム

  • 2015.11.09 Monday
  • 19:32
              

    先日、町の広報に記事を書いた。
  「編集委員のひとりごと」というコーナーなので、あんまり制約もなく好きなことを書ける・・・、
   はずだった。
  ちょっと過激かな、とも思ったけど編集委員会では特に何も言われず、印刷へまわるところで課長からクレームが。

     原文はこちら
  

 

  〜医療とは〜

 高齢化率日本一の夕張市が財政破綻して話題になった。
 市立病院が無くなり、救急病院もCTMRIの機械も全くないという中でさぞかし困っていると思いきや。
 死亡率・医療費・救急車の搬送率、全ての数字が下がったという。
「病院があるから安心、ではなくてしっかり自分でできることはやるんだぞ、という意識。
 終末期のイメージを持って家族と話し合っているかどうか、地域でそういう話をしているかどうか。
 地域のみんなで予防の意識を高める、そして年をとってきたら地域みんなでその命を受け止める。
 そういうあたたかい地域社会を作る。これがポイントだと思います。」
(logmi/夕張市立病院元院長 森田洋之)

 命の終わりを受け入れて救急車を呼ばない、最後まで自分の家で暮らす、そういう選択も有りだと思う。
 私の父も倒れて救急車で運ばれて、電気ショックで生き返り、その後14年余り生きたが(幸い寝たきりにはならなかった)
 なんだか抜け殻のようで、悲しいものがあった。
 自分の体調は自分にしかわからない。
(検査で数字に表れるのはごく一部)
 できるかぎり自分で管理して、自分の家で一生を終えられたら、こんなに幸せなことはない。
 天命を全うするってどういうことなのかを考えさせられる話だった。
 ちなみにうちは私が倒れていてもすぐには発見されない場所・・・・、よかった!

  
 クレームがついたのは最後の一行。「孤独死が問題になっているのにこんな・・・。」ということらしい。
 これが味噌だったのに!残念。
 「表現を変えるかなにかしてほしい。」と言われたが、面倒くさいので削除してもらった。

    冗談通じないなぁ。
 


  

集会の意味

  • 2015.11.02 Monday
  • 15:16
STOP伊方原発再稼働!11.1全国集会in松山に行って来た。「何やっても変わらないじゃない!」という諦めムードが漂う昨今、集会やデモの意味を自問しながらの参加。ちまたで話題になっているおしどりマコ・ケンのトークライブや広瀬隆のスピーチ、菅直人も登場して聞き応えのあるプログラムが続く。

中でも福島からの避難者、菅野さんのお話が心に残る。
「私たちは3.11で全てを失ってしまったけれど、皆さんは3.11以降もそのままの暮らしを続けていらっしゃる。それを何としても守って欲しい。ここはまだ間に合います。」
それから、どなたかの「黙っとったら認めたのと一緒や」という言葉。そうなんだ、諦めないで言い続けないと。
おしどりマコさんは3.11直後、芸能人や有名人が軒並み東京から避難(移住)して行くのを目の当たりにし、疑問を持つようになったという。東電の全ての記者会見、省庁、地方自治体の会見、議会等に足を運んで取材し、様々な媒体でそれを発信している。
集会に集まったのは4千人余り。東京のそれに比べたらわずかな人数ではあるけれど、諦めずに活動している人が一同に会するって凄いパワーになる。

チェルノブイリでもまだ廃炉どころではない、福島は全く収束なんかしていない、なのに他の原発再稼働なんてとんでもないことです

調査員デビュー

  • 2015.08.29 Saturday
  • 20:05


今年は5年に一度の国勢調査。
報酬に釣られて私も調査員を申し出た。町の説明会に行き、一通りの説明を受け、DVDを観て(ご親切?に同じのを2回も)配り物や必要書類等、文房具やらなんやらごっそり頂いて帰宅。
今年からネット回答もできるようになるので、その案内配布の為ひと手間多い。

1.受け持ち調査区内を巡回し、調査区要図作成→これ結構大変そう、空き家とかもこの時に調査
2.インターネット回答のガイドを配布
3.インターネット回答促進リーフレット配布
4.インターネット回答のなかった世帯に調査表一式を配布
5.確認と回収、確認状配布
6.未提出世帯に督促状配布、
それでもダメなら近所から聞き取り調査

うーむ、思ってたより足を運ぶ回数が多いわー。
一抹の不安と後悔‥。

何より驚いたのは国勢調査にかかる費用の大きさ。
全国で80万人の調査員が動くというのだが、人件費だけでもうん十億(報酬は世帯数によって3万から5万と募集要項には書いてあったのでまあ3万としても‥計算できないので各自でお願いします)
それに加えて膨大な量の印刷物や文房具、腕章、バッグなどなど

印刷屋さんと文房具屋さんは稼ぎ時だと思うけど、どう考えても税金の無駄遣いではないだろうか。

疑問を抱きつつも、やるしか無い。
過疎地なので私の担当は39軒、矢井賀ではないけれど行ったことのない奥地ではないのが救いかもしれない。

手引き書だけでもかなりの量なのでエンジンかかるのに時間がかかりそう。

頑張ります。

そもそも・・・

  • 2015.06.22 Monday
  • 16:00
 矢井賀
 21日(日)高知市のソーレで「憲法そもそも研究会」という勉強会があった。
憲法9条等、今大きな問題になっているがそもそも憲法ってなんぞや、という素朴な疑問を解決すべく参加。
高知大の岡田健一郎さんを講師に迎えて、まずはごく基本的な憲法の説明を受ける。


1、法律との違い
〇ピラミッド型の頂点にあるのが憲法(最高法規)でこの国の形をつくるもの。
 2段目が条約(国と国が結ぶ約束)、
 3段目が法律(国全体)と条例(地方議会が作る法)、
 4段目が命令(行政機関が作る法)→生活に関わることで政令(内閣が作る)省令(各省庁が作る)規則の3つに分かれる
    98条に基き、明確な上下関係にある 

   このピラミッドがイメージできただけでもずっとわかりやすくなった!

〇憲法は全103条、内容が抽象的でおおまかなのは簡単に改正できないので、
 時代に合わせて変えやすい法律で具体的な内容に対応するため

2、憲法の目的
〇13条がポイント 「すべての国民は個人として尊重される」
〇立憲主義  政府の統治を憲法に基づき行う原理で、
      政府の権威や合法性が憲法の制限下に置かれていることに依拠するという考え方(ウィキペディアWikipedia))

 その他憲法が想定する人間像、既得権について

   そのあとは質疑応答
   特に参考になったのは、
  
 〇既得権/(12条 この憲法が国民に保障する自由及び権利は、
        国民の不断の努力によって、これを保持しなければならない。)→使い続けないと無くなってしまうおそれがある 
    例:ストライキ等日本ではほとんど行われなくなっている
   〇裁判所について
    ●国民からの信頼度がアメリカとは違う(ほとんど知られていない)
    ●責任を負いたくない、という傾向がある
     (裁判官は3年で移動、都会に行きたい・出世したい→目立ちたくない)
    ●世論に左右される
    ●自衛隊が違憲かどうかを裁判所で判断したことがない
    ●「合憲」であるという判断が下されると、逆にお墨付きをもらうことになるのでは
    ●違憲かどうか法案が出る前にチェックする機関がある(アメリカでは議員等が立案可能)
    ●憲法は占領下の押し付けでは
     昭和天皇の戦争責任を回避するため、軍事力を無くし天皇制を残した

    以前から、選挙の時についでみたいに実施される裁判官の投票に疑問を持っていた。
    全く知らないひとを経歴だけで〇付けるあれ。もうちょっとなんとかならないものか。
    「出世のためなら・・・」ここでもか。
    
    時間が限られていて物足りなかったが、今後もこういった勉強会は続けてほしいと思う。

    いい取っ掛かりになりました。 スタッフの方々、お疲れさまでした!


 日本国憲法 http://www.aozora.gr.jp/cards/001528/files/474.html

 明日の自由を守る若手弁護士の会http://www.asuno-jiyuu.com/

 SEALDs(Students Emergency Action for Liberal Democracy-s 
       自由で民主的な日本を守るための、学生による緊急アクション)http://www.sealds.com/

  

 

311メモリアルに参加して

  • 2015.03.09 Monday
  • 15:10
雨ばっかりのこの頃、昨日だけはすっきり晴れた。
午前中は映画「日本と原発」http://www.nihontogenpatsu.com/
監督は福島原発告訴団代理人の河合弘之弁護士。
タイトルは硬いが、福島の原発事故の経緯から東電・政府の対応、原発の構造等々がとてもわかりやすく描かれている。
専門的な知識の全くない人にも理解できる内容だ。
どんなことでも、時が経てば記憶も薄れ個人の偏った印象だけが残っていくもの。
あらためて自分の中で整理するのにもいい映画だった。
いろんなひとに観てほしいと思う。

国や東電相手に裁判!?と少々引いていた私だが、
映画に出てきた、大飯原発差し止め訴訟(2014年5月に勝訴)の判決文を読んで認識を新たにした。

「・・・・たとえ本件原発の運転停止によって多額の貿易赤字が出るとしても、これを国富の流失や喪失というべきではなく、
豊かな国土とそこに国民が根を下ろして生活していることが国富であり、これを取り戻すことができなくなることが、国富の喪失であると当裁判所は考えている。」
(ここは映画にはでてこないけど、私が抜粋)
「被告は原子力発電所の稼動がCO2排出削減に○(画面を写真に撮ったけど読めなかった)すもので
環境面で優れている旨主張するが、原子力発電所でひとたび深刻事故が起こった場合の環境汚染はすさまじいものであって、
福島原発事故は我が国始まって以来最大の公害・環境であることに照らすと、環境問題を運転再開の根拠とすることは
甚だしい筋違いである。」(大飯原発3・4号機差し止め請求裁判判決文9より引用)


いいこというなあ〜!

「2015年告訴」参加申し込みを受け付けているようです。(3月31日まで)
          福島原発告訴団


さて昼からはデモスタート。
メモリアル9

メモリアル6
月に1度やっている、いつものコースだけど今回は車道デモ。
デモの”先輩”達に言わせると、「歩道を歩くなんて、デモじゃない!」
しかしおとなしい私たちには不慣れなことで、すぐ歩道に寄ってしまう。
「あ、車道歩いてもいいんだった。」
メモリアル10 四電前

デモのあとは集会

基調報告では久しぶりにとのの話を聞いた。
本 本を出したそうです!

メガソーラーとかいっぱいできているけど
太陽光発電でできた電気は不安定で蓄電しないかぎりほとんど使えないという。(買い取った分を無駄にしても、大手電力会社
にはなんら影響ないんだって)
金儲けでやっている人たちの「自然エネルギー」とか「環境にやさしい」とかいう甘い言葉にだまされないように!
という厳しいお言葉をいただいた。
村で電力会社を立ち上げていろんな形で電力をつくり(風力・太陽光・バイオマス等)村の収入にしているというドイツの例をTVで観たが、宮古島や北海道でも進んでいるらしい。
過疎地の新たな産業としてさっさとやってほしいよね!







 

お知らせ

  • 2015.03.03 Tuesday
  • 21:26

3.8ポスター


今週の日曜日にデモと集会があります。
 10:00からは映画「日本と原発」の上映  http://www.nihontogenpatsu.com/ 
   (四万十市社会福祉センター、入場料1000円) 
 13:00に四万十川赤鉄橋下に集合してデモスタート
 14:30から四万十市社会福祉センターで集会
    
  主催は、現在も毎月欠かさず四万十市でデモを続けているカテコテのお二人率いる「脱原発四万十行動」。
  高知からはバスも出ます。(グリーン市民ネットワークhttp://www.green-citizens.net/)
  
 
デモしても署名しても意見書出しても何にも変わらないよね〜と日々風化していくこのごろ。
 選挙も期待する分だけ開票後、挫折感が大きくなる。
 原発以外にも問題山積みでどうなるんだろう、日本。
 それぞれが問題意識を持って暮らしていくことが基本だと思うけど、
 時々は人と共有してその意識を高めていったら、それがやがて大きな力となるんだと思いたい。
 年に1度くらい、集まろうよ!
 

 
 

戦後70年 その1

  • 2015.02.12 Thursday
  • 18:01
町の広報では8月まで戦争特集、学童疎開のことで記事を書いた。

 

    戦後70年  〜母の記憶〜   

「わたしが長野に疎開していたときにね・・・・。」昔から時々聞かされていた話だ。

お正月に母のところに帰った折に、詳しく話を聞くことにした。

*「学童疎開」 政府は、空襲による被害を少なくするために、都市部に住む子どもたちを周辺の農村部などに疎開させました。これを学童疎開といいます。まず、知り合いや親戚縁故疎開め、縁故疎開できない子どもたちには集団疎開をさせました。

母はその当時6年生で3つ下の弟と一緒に長野の別所温泉に疎開した。

学校単位で疎開用に多少手直した旅館に寝泊りし、朝食後学年ごとに別の旅館に勉強しに行く、というのが日課であった。食事はたいてい大豆入り麦ご飯と汁、ひもじくて畑から野菜を盗んで食べる子もいたという。1度は男の子数人が脱走して先生が捜索、碓氷峠で見つかったこともあった。

母は結局6年生の8月から翌年3月まで長野にいて、東京大空襲直後に進学のため東京に戻った。

*「東京大空襲」 1945年3月10日、B-29爆撃機344機による爆撃は、まず40k屬留濕上に焼夷弾を投下し、東京の住民が逃げられないようにした後、
東京市の隅田川沿岸地区を中心にその円の内側を塗りつぶすように
40万発(1平方メートルあたり3発、総重量2000トン)もの
油脂焼夷弾、黄燐焼夷弾やエレクトロン焼夷弾が投下され、
逃げ惑う市民には超低空のB-29から機銃掃射が浴びせられた。
この空襲により約10万人の犠牲者と約11万人の負傷者がでた。
焼失家屋は約278千戸に及び、
東京の3分の1以上の面積(40平方キロメートル)が焼失した。

犠牲者のうち、0歳から9歳までが最も多い20%を占め、
次いで10歳から19歳が18%と、20歳未満の子どもたちが38%を占めた。
これは、国が当時、疎開を推奨していたものの
家庭や経済的な事情で行けなかったり、
中学生以上が勤労動員に駆り出されたりして、
実際には多くの子どもたちが東京に残り、犠牲になったとみられています。(asahi-netより引用)

 幸い母の住んでいた荻窪は空襲に遭わずに済んだが、疎開から帰ると空襲で家族が亡くなり、縁者に引き取られた子供もいたようだ。

 今回調べてみて、あらためて東京大空襲のことの大きさに驚き、母が空襲に遭わずに済んだおかげで今のわたしがあることを実感した。
               (広報なかとさ2月号)

この記事を書くのにいろいろ調べてみて、認識を新たにすることが多々あった。
 ていうかほとんど理解してなかった・・・・だけか。
記事を書いたあとになって母と一緒に疎開した母の弟の同級生が書いた本を手に入れた。
 「皇后陛下のビスケット」中田雅子 (クリエイティブ21)
東京都立杉並第五国民学校の生徒であった母たち、学童疎開という特殊な体験を共にしたひとが書いたというので
とても親近感を覚えた。

疎開児童(写真も本から)
前列一番右が著者、前列右から5番目が母の弟、そのうしろが母

いわゆる手記とは違う、子どもの目から見た正直な感想+詩的センスのある文章でとても読みやすい。

     食べる
屋根に干したかんそう芋が消えうせた
残りごはんも毎晩なくなる と
宿のおばさんが誰かと話している

食事が月を追って乏しくなる
兵隊さんは泥水を飲んで戦争してるんだと聞かされて
食べ物の不足など誰も口に出さないが
休み時間には
みんなおすしやあんぱんの絵ばかり夢中で描いている

ぜいたくだといくら自分を叱ってみても
朝毎の凍った漬菜はおなかの中までつめたくなるし
なすの煮たのは茶色くて野菜の死骸を見ているよう

大きくなって
自分の力で食べられるようになったら
こんなものは絶対に食べないんだと思いながら
食事の時間を待ちかねている   (P50 駅弁のうたより)


戦争に行ったひとの話だけではなく、いろんな立場からの「戦争」を知りたいと思う。

                              つづく

海2




 

 


           

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